あらゆる業界でDXが加速する中、企業のIT基盤を支える情報システム部門(情シス)の重要性が高まる一方で、人材不足や業務負担の増大といった課題が顕在化しています。こうした状況に対し、情シス機能をオンラインで提供する新たなサービス「シスクル」を展開しているのが、DXER株式会社です。代表取締役の向井拓真さんに、同社設立の背景や、DX支援事業からBPaaS(Business Process as a Service)へと舵を切った経緯について伺いました。
起業を後押しした「人生は一度きりであり、自分の意志を持って生きるべき」という確信
静岡大学工学部システム工学科でコンピューターサイエンスを学んだ向井さんは、卒業生の多くが地元の自動車関連企業に就職する中、東京でのキャリアを選びました。そのきっかけは、楽天出身者が立ち上げたスタートアップ企業でのインターンシップへの参加でした。アルバイト代の大半は、東京のオフィスに通うための新幹線代に消えてしまいましたが、地方では得難い実践的なITスキルを身につける貴重な経験となりました。
卒業後は、あえて開発職ではなく、営業や販売の現場を経験したいと考え、インターン先の上司の紹介で楽天に新卒入社しました。楽天市場の新規事業開拓に携わった後、ゲーム事業を展開するGREE、さらにマーケティングオートメーションツールを提供するHubSpot Japanと、着実にキャリアを積んでいきました。
楽天時代から起業への関心は持っていたものの、失敗への不安から一歩を踏み出せずにいました。そんな中、GREE在籍中に父親を交通事故で亡くし、改めて「限られた時間の中で自分はどう生きるべきか」を深く考えるようになりました。
さらに大きな転機となったのが、HubSpot Japanでの経験です。リモートワーク環境が整い、業績好調でありながら、18時半前に退社できる健全な働き方に衝撃を受けました。その背景には、クラウドツールを駆使した徹底した社内IT環境の効率化があり、「このままでは日本のIT企業はアメリカに勝てない」という危機感を抱くようになりました。
「人生は一度きりであり、自分の意志を持って生きるべきだ」と確信した向井さんは、起業を通じて社会にポジティブな影響を与えたいという想いを固めます。そして2020年5月、コロナ禍の真っただ中にDXER株式会社を設立しました。社名には、「自分たちはDXを推進する者たちである」という意志が込められています。
浮かび上がった情シスの課題
創業当初は、中小企業のDXを目的としたCRMやマーケティングオートメーションなど、SaaS導入のコンサルティングが主な事業でした。しかし、実際にサービスを提供する中で、向井さんは顧客企業から「信頼できる情シス人材を紹介してほしい」という要望が増えてきたことに気づきます。
そこから、情シスの役割そのものに疑問を持つようになりました。最終的には、SaaSの導入以上に、それを運用・活用できる人材の不足こそが、企業のDXを阻む本質的な課題であると捉えるようになったのです。
さらに約100社の情シス担当者にインタビューを実施したところ、「人手不足」「乱立するSaaSツールの管理負荷」「セキュリティ対策の複雑化」など、構造的な問題が浮かび上がってきました。多くの情シス担当者が日々の問い合わせ対応に追われ、本来注力すべき中長期的なIT戦略やインフラ整備に手が回っていないという実態も明らかになりました。
企業の「SaaS人材がいない」を解決するため「シスクル」へと事業転換
DXERを創業した2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大により、企業のデジタル化が急速に進んだ時期でした。営業やマーケティング領域でのDXが加速する中、SaaSツールの導入が一気に広がり、企業のIT環境はますます複雑化していきます。新たな技術の登場に伴って対応すべき領域も増え、情シスの負担は拡大しました。さらに、コロナ禍によるリモートワークの普及が、セキュリティやアクセス管理などの新たな課題を浮き彫りにしました。
その一方で、日本では中小企業を中心に、専任の情シス担当者がいない状況が生じており、増え続ける課題に対応できるIT人材の確保が大きな壁となっていました。
こうした現場の声と課題感を受け、向井さんは「情報システム部門の在り方そのものを変革することが、DX推進の鍵になる」と確信します。創業からわずか半年後には、事業の軸足をシフトし「バーチャル情シス」という新たなビジネスへ踏み出しました。
(後編につづく)