量子コンピューティングは、従来技術なら数万年かかるような複雑な計算を、わずか数時間で解ける可能性を持っています。そのため、創薬や新素材開発など多方面から期待が高まっています。Qubitcore株式会社は、沖縄発の革新的な技術で量子コンピューターの実用化に挑戦するスタートアップです。代表取締役CEO綿貫竜太さんに研究者から起業家へと歩んだ経緯や、その思いを伺いました。

物理学者から起業家への転身

綿貫さんは、20年以上にわたり物理学の研究に携わってきた研究者です。横浜国立大学大学院環境情報学府で博士号を取得後、東京大学でポスドクを経て、母校の横浜国立大学大学院工学研究院にて特別研究教員(助教)として15年半勤務しました。専門は「強相関電子系」と呼ばれる分野で、超伝導や磁性など、量子力学とも関わる極低温下の物質の性質を解明する研究に取り組んできました。

しかし2021年、綿貫さんは安定したアカデミアの道を離れ、起業家へと転身します。きっかけは、東京大学との共同研究で開発した新しい信号処理技術でした。従来方式より短時間で処理できるこの技術は、MRIの高速化や高解像度化など医療分野での活用につながると考え、社会実装を目指す中で起業を決意しました。

加えて、研究者が研究内容よりも獲得資金の額で評価される現状への疑問や、国からの研究費削減に伴うプレッシャーも決断を後押ししました。「なぜ研究者が研究の質ではなく調達金額で評価されなければならないのか」という違和感もあり、大学を退職します。

起業する直前には、家族が経営していた介護系企業の経営にも参画しました。2021年に社長に就任し、債務超過の厳しい状況を8カ月で黒字化に成功し、新規に調剤薬局事業も立ち上げ、約3年弱でM&Aによる売却を果たしました。経営者としての経験が、研究者から起業家へと歩みを進める大きな土台となりました。

挫折を乗り越えて量子コンピューター開発へ

2022年、綿貫さんは独自の高速信号復調技術を基盤とした株式会社EXYNA(イクシナ)を設立しました。横浜市のアクセラレータープログラムにも採択され、順調なスタートを切ったかに見えましたが、共同研究者が推進していた技術に問題が発覚し、事業計画は頓挫します。その結果、わずか2カ月半で解散を余儀なくされました。

しかし、その経験が次の挑戦へとつながります。プログラムのメンターだった木村亮介さん(ライフタイムベンチャーズ代表パートナー)から声をかけられ、ライフタイムベンチャーズと沖縄科学技術大学院大学(OIST)が連携して立ち上げたファンドで再挑戦することになったのです。

OISTの研究成果から起業テーマを模索する中で、綿貫さんがたどり着いたのは、イオントラップと呼ばれるハードウェアを用いた量子物理研究でした。これはOISTの高橋優樹准教授が進めていたテーマで、内閣府のムーンショット型研究開発事業にも採択されている先端分野です。日本は、基礎研究は素晴らしく進展していますが、社会実装が世界に比べて大きく遅れています。綿貫さんはそこに大きな事業機会を見出しました。

当初、研究者気質で起業には消極的だった高橋先生を粘り強く説得し、共同創業者として参画してもらいました。そして2024年7月にイオントラップ方式による量子コンピューター開発を手がけるQubitcore(キュービットコア)を設立しました。構想から会社設立までには、実に2年半以上の歳月を要しました。

高精度で低コストな「イオントラップ方式」の可能性

従来のコンピューターが「0」か「1」の情報を持つビットで計算するのに対して、量子コンピューターは「0」と「1」を同時に表現できる量子ビットを利用して計算を行います。これにより、これまで実現が難しかった膨大な計算を高速に処理でき、物流・配送の最適化や創薬、気象予測など幅広い分野での応用が見込まれています。

現在の主流は、超伝導方式の量子コンピューターです。IBMや富士通などが開発を進めており、既に一部で実用化も始まっています。ただし、この方式では量子ビットを安定させるために絶対零度に近い極低温(約-273℃)まで冷却する必要があり、大きな電力消費と冷却コストが課題となっています。

これに対して注目を集めているのがイオントラップ方式です。イオン化した原子を真空中に閉じ込めて量子ビットとして利用する技術で、高精度な計算が可能です。超伝導方式に比べてより高い温度環境でも動作できるため、冷却コストを大幅に削減できます。

アメリカでは、イオントラップ方式を採用するスタートアップ「IonQ」が2021年に量子コンピューティング企業として初めて上場しました。同社は産業技術総合研究所や豊田通商と提携し、日本市場への進出を進めています。そうした中で、日本企業として本格的にイオントラップ方式による量子コンピューター開発に取り組むのはQubitcoreだけです。

(後編へ続く)

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