企業がDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)に取り組むことで、社会的信用が高まり、企業価値の向上につながるといわれています。特に、IT業界には根強いジェンダーギャップが残っています。bgrass株式会社は、女性向けIT & Webエンジニアのためのハイスキル転職サービス「WAKE Career」の開発・運営を行っています。代表取締役CEO兼CTOの咸多栄さんに起業の経緯と日本におけるDEIの現状について伺いました。
女性エンジニア向けの1on1サービスを立ち上げ
咸さんは新卒でSIerに就職し、保守運用のプロジェクトリーダーやグローバルプロジェクトのPLなどを経験しました。25歳のころ、自身のキャリアを考えた際に、「自分の市場価値はこの会社でしか通用しないかもしれない。独り立ちが可能な開発ができるエンジニアになりたい」と考え、SIerからWeb系への転職を決意します。
しかし、コロナ禍で最初の緊急事態宣言が出された時期で、求人数は激減していました。さらに異業種への転職だったため、100社近く応募しても採用には至りませんでした。その際、咸さんは自分と同じような立場で、仕事の悩みを気軽に相談できる相手を求めて女性のメンターを探しましたが、一人も見つからないという現実に直面します。
そこで、転職活動と並行して女性エンジニア向けの1on1サービスを立ち上げ、運用を開始しました。具体的には、メンターとメンティーのマッチング、相談、定期的なイベント開催を通じて横のつながりを作るコミュニティー運営を行いました。この1on1サービスは、2022年8月にリリースされた女性エンジニア向け相談プラットフォーム「sister」の原型となります。
「女性への格差や差別を解決したい」
当時、咸さんが女性のメンターを求めたのは、コロナ禍で広がったオンラインの1on1サービスにおいて、同性の方が話しやすく、安心感があったからです。また、エンジニアとしてのキャリアや、将来の出産・子育てといったライフイベントについて、実体験をもとに相談できる女性の先輩が必要だと感じていました。
無事に転職を果たした後も、咸さんは女性エンジニア向けの1on1サービスの運用を続け、さまざまな女性たちの声に耳を傾ける中で、女性への格差や差別といった課題に直面します。女性が少数派であることに慣れすぎて、問題を見過ごしてしまっている現状や、女性同士でエンパワーメントし合うだけでは社会構造や企業そのものが変わらない限り、本質的な解決にはならないという現実を痛感しました。
「これは私が人生をかけて解決したい課題」と語る咸さんは、こうした問題を資本主義経済の中で解決するため、株式会社を立ち上げることを決意します。1on1サービスで寄せられた声には、出産を機にキャリアを諦めざるを得ない環境や、独身女性がリーダーに選ばれにくい状況、キャリアのロールモデル不足といった問題が含まれていました。こうした現実が、咸さんの行動を後押ししていくことになります。
女性エンジニアの人材プラットフォーム設立へ
咸さんはWeb系の企業に転職し、1年後にはフリーランスとして独立しました。その間も1on1サービスの運用を続け、次第に本格的に取り組みたいという思いが強くなります。そして、2022年7月に法人化を決意し、フリーランスの仕事と並行して起業に踏み切りました。
女性たちだけで課題を解決するのではなく、企業や社会構造そのものにアプローチして変えていく必要があると考えた咸さんは、1on1サービスに加えて企業向けの研修やコンサルティングサービスを提案していきます。また、テクノロジーを活用したDEIのSaaSプラットフォームのリリースも発表しました。しかし、日本ではまだDEIに予算を割く企業が少なく、当初は反響がありませんでした。
DEIとは、性別、人種、年齢、障がいの有無、SOGI、信仰など、多様性を尊重し、公平で誰もが受け入れられる状態を指します。日本では労働力人口の減少や働きやすい職場環境の実現のため、DEIの推進が重要視されています。
一方で、約30社にリファラルを通じてヒアリング営業を行ったところ、「女性の比率を増やしたい」という企業のニーズが予想以上に多いことが判明しました。これをきっかけに、女性エンジニアに特化した人材プラットフォームの設立を目指すことになります。こうして誕生したのが現在の「WAKE Career」です。リリース後、人材プラットフォームは予想を超える反響を呼び、順調に成長を遂げています。